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MOMOとMAMAとウエスト症候群

ウエスト症候群(点頭てんかん)闘病中の“ももぞう”と、福祉事業に従事する“momomama”の、ブログを中心とした情報サイトです。 闘病のこと、心理学のこと、その他日常の徒然な事をのんびり綴ります。

思うこと。


こんにちは。momomamaです。

ここ数日、ももぞうが熱を出しております。
ゲフンゲフンとおっさんのような咳をしております。。
早く良くなりますように。





すみません。今日は、病気関係ない内容です。


ちょっと最近、色々思う事あったので…、この機会に自分が今考えてることを整理して記録しとこうと思います。


障害って、何なのか。

そして、兄弟児=可哀想!っていう意見について。

最後に、障害のあるお子さんがいるお母さんへ、伝えたいこと。




まずですね、障害とは何なのか。

大阪府では、とある障害児ママの呼びかけで、障害の「害」の字をひらがなに変えようという取り組みがなされ、今では府内すべて『障がい者』で統一されています。

まあ、それに関しては各々意見があると思いますし、私も思うところありますが、今回は割愛します。


が。これだけ。
momomamaは、障害者(児)って『この人に障害がある』と表現してるのではなく『生きていくのに、より障害(となるもの)が多い人』って意味だと思うんですよね。。


だけど、そう考えると障害ってすごくあいまいで。

障害者認定されてない人でも、生きる上での障害(=自分のせいではない不便なこと)を抱えてる人って、たくさんいますよね。

何も、大げさなことでなくていいんですよ。

例えば、左利きではさみが使いにくかったり、背が低くてデニムをすご~く切らないといけなかったり、上がり症で人前では全く話せなくなっちゃったり、ひどい肩こりで腕が上がらなかったり。


その中で、障害者は『不便さの程度の差』で障害者手帳を支給されてるものの、手帳のない健常者でも『人生に何も不便なことなどないさ!!!!!』って人、あんまりいないんじゃないかしら。

結局のところ、不便なことの程度の差があるというだけで、自分と全く違う!ってわけじゃないんですよね。

当然ですよね、同じ人間なんだし。


障害者だから不幸ってことではないし、健常者なら無条件に幸せってわけでもない。

そもそも、人間をそんな一つの基準で分けるなんておかしいんですよね。

手帳をもらうほど大きな障害と向き合わないといけない人=障害者、というだけで。

よく言われる『障害は個性』ってのも昔は綺麗事に聞こえてしまって違和感あったんですが、指紋や顔かたちや性格がみんな一人一人違うのと同じことの延長に、違いの程度が大きな『障害者』という基準がひとつ作られてる…ということだと思うと、その『障害は個性』という言葉もあまり無理なくはいってくる気がします。




…とかワタクシ偉そうに語ってますが、以前は障害のある方に理解のある人間ではありませんでした。

momomamaの母親は山深い田舎で育った人で、昔ながらといえば聞こえはいいですが、すご~く偏った考え方を持ってました。
差別用語も普通に使うし、障害のある人や外国籍の方などに対する偏見・侮辱がすさまじかったです。
momomamaはそれを嫌だなあと思ってましたが、そのことについて議論する機会もなく、また議論しても分かってくれないと思っていました。

父親も同じく田舎育ちの人でした。基本的な考え方は母親と同じでした。


ま、お陰で差別的な人の存在は理解できたし、思考回路も何となく分かる気がします。



ただ、父親の話してくれたことで、今でもずっと心に残っていることがあります。
当時小学生のmomomamaが、道徳で習った人権や平等などの話をした後、父が話し始めました。

『いいか、世の中は平等なんて、そんなのは嘘だ。お前は、生まれつき足のない人と自分が本当に同じだと思うのか?』

『自分の方が恵まれてるだろう。平等なんかじゃない。だからこそ、そういう人には見返りを求めず手助けをしてあげて当たり前なんだよ』


…当時小学生だった私は、その話を何となく理解は出来ましたが、内容がというよりもそんなことを言う大人が周りにいなかったので、すごく印象的でした。

ただ、父も同じように、障害者の方に協力的ではあっても、差別的な考えも持っていました。



親の影響もあってか、私もあからさまな差別こそしませんでしたが、障害のある人にはどこか心の中に一線を引いて接していた気がします。

自分が障害者になることだって、友達が障害者になることだって、いつ起こってもおかしくないのに、身近には感じられていませんでした。

若い頃は、車いすを押したこともなければ、盲の人を手助けしたこともありませんでした。
しようと思ったこともありませんでした。



そもそも人間は動物なので、『自分と違う』『見慣れない』ものに警戒心や違和感を抱くのは当然のことだと思います。

生命の根源レヴェルで、『自分とは違うもの』『見たことのないもの』には危険を感じ、本能で危機回避をしようとするはずです。

なので、障害のある人に対して違和感を感じたり怖いと思ったりするのは、当然のことだと思うんです。




ですが。

それで排除しようとしたり、差別するのは、動物と同じ精神レベルだと思います。




私たちは人間です。危険でないと分かったら、そして自分より困っていることがあるのなら、手助けするのが当然だと思います。


この世は平等じゃない。
そして、障害も健常者も、みんな同じ人間で、ごく身近な存在。

それなら、共に助け合って、一緒に生きていくのが当たり前。


そう気付いてから、自分がいかに低俗で恥ずかしい感覚を持っていたのかを理解して、自分が情けなくなりました。



ももぞうは障害児です。

差別を受けたり、拒否反応をする人がいても、それは仕方のないことだと思います。
ただ、私は動物ではなく人間として、障害のある方たちと自分なりに向き合っていきたいと思っています。





そして、兄弟児の問題について。

私は実際に経験してないので、兄弟児の苦しみや辛さは、分かりません。

実際、私もももぞうの下にもう一人子供が欲しいと思いますが、色々なことを考えて先送りになっています。その『考え事』の中には、兄弟児の問題も含まれます。


ただ、兄弟児でも、必ず不幸になるとは思いません。
『兄弟児であったことが原因で自分は不幸になった』と思っている人がたくさんいる、という事実は受け止めています。

ただ、親や社会の関わり方次第で、それは『絶対的要因』ではなくなると思っています。





…これ、書こうか迷ったんですが。
なぜそう言えるのか、私なりの持論があるんです。



私は、親(母)から、ある年齢以降、虐待を受けていました。
(母は精神的な病だったのかも…とも思いますが、今となってはもう分かりません)

学生の頃は、その複雑な家庭環境のせいで、いじめにもあいました。

話が逸れるのであまり詳しく書きませんが、生い立ちは本当に『昼メロでさえ生易しいレベルの壮絶さ(BY友人)』でした。


ですが、今私は幸せです。
あの家に生まれたことも、後悔していません。
本当に嫌なこと、辛いこと、死んでしまった方がマシと思うこともたくさんありましたが、その全てが私の『人となり』となり、そしてそんな私を慕ってくれる夫や友人がいます。

普通の家に生まれたかったと思うこともありましたが、のど元過ぎれば何とやら。
むしろ貴重な経験をしたと思いますし、お蔭で随分図太くなりました。
何なら『苦労してきたんだね、いつも楽しそうだからそんな風に見えなかった』って言われると、なんだかニヤニヤします。そうだろう!ドヤァ、てきな。笑
(なんて捻くれたアイデンティティや…)


今、自分が後遺症などもなく健康で元気にしているからこそ、言えることかもしれません。
ですが、私は『環境のせいで不幸になる』なんて、勿体ないと思います。


自分ではどうしようもない事もある。
だけど、それをどう昇華していくかだけは、自分が決められること。

悩んでもいいし、何かのせいにして自分が楽になるなら、それはそれでいいと思います。



ですが、それを他人に押し付け、不幸だと決めつけるのは、ただの慢心であり、奢りですよね。

親から虐待を受ける、兄弟が障害者で自分までいじめにあう、それは確かにつらい時間です。

だけど、それだけがその人の人生全てを支配するわけではないと思っています。

物理的にも、精神的にも、辛い状況から抜け出す方法が必ずあります。


幸せかどうか。
それは、本人だけが決められることです。

そして、自分の人生は自分で責任を持ち、変えていくものだと思います。





最後に。
話は変わりますが、これもいつか書きたかったことなので。



私と同じように障害児を産んで、『自分のせいではないか』と、苦しんでいるお母さんへ。


ももぞうが障害児になると分かったばかりのころ、私は精神的に追い詰められ過ぎて、『自分のせいでももぞうが障害児になったのではないか』と本当に考えていました。
(信心深いかどうかなど、非科学的な意味での『私のせい』です)

そのとき、私に気付きを与えてくれた、知人の言葉です。


『この障害は、この子の生まれ持った宿命よ。
あなたは、自分の過去の行動で他人の人生を左右できると思ってるの?
そんな奢りは捨てなさい。
あなたは何様なの。この子は、あなたとは違う、一人の人間なのよ。
あなたの行動でこの子の命が左右されると思ってるの?
必死に闘病してるこの子に失礼でしょうが!!』






命はどれも大切で、尊重されるべきで、その人だけのものです。

社会も、世論も、他人も、自分だけでは変えられないかもしれないけど、本人の人生だけは本人自身が歩んでいけます。



自分の人生を、命を、大切に。
そして、他人の人生も、命も、自分のものと同じように尊重し、大切に出来る人でありたいです。





とりとめのない文面になってしまいました。最後まで読んでいただいてありがとうございます。



なお、私の徒然な考えなので、反対意見も、賛成意見も、あってしかるべきだと思います。
ですが、このブログのコメント欄では、私以外の人を少しでも傷つけるような可能性のある発言だけはお控えください。













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コメント

1. 無題

ご無沙汰しています。
いつも楽しく、時にとても深い話のブログに引き込まれます。momomamaさんはとっても強くたくましい本当に素敵なお母さんだと思います。
いつも見習いたいと思っています。
これからも応援しています(*^^*)仕事も大変かと思いますが無理せず休息もとってくださいね。

Re:無題

チャチャさま

コメントありがとうございます!返信遅くて本当にすみません((+_+))

見習いたいだなんて…私なんぞから何かを学ぼうと思えるチャチャさんの懐の深さが凄いってだけですよ…。逆にすみませんこんなので的な(゜_゜)白目

ありがとうございます!日々色々と考えさせられることや悩むことばかりですが、少しずつでも前に進めるよう頑張ります。
チャチャさんもお疲れの出ませんように!

2. お久しぶりです

momomamaさん、お元気ですか?
53歳、長崎ツアーへ一人参加して以来壊れてまして、iPadまで壊れGmailアドレスのみ生存。
(iPad……機械音痴に触られるのが イヤみたい(@_@) )

息子が てんかん と診断確定した際、
「私が カトリックに入信したから、聖書に出てくる病気になったのかな……」
しょうもない事考え、いーーーっぱい泣きました。
本人はカトリック系の ミッションスクールに、中高通ったし………。
関係ないんですよ、まったく。

つい最近、久しぶりに救急車の添乗員しました。
1日目に3回→2日目に1回、ピーポダッシュは1日目の1回目。
7年目患者の母、大発作ばかりなので……息子より ダメージ受けてます。

現実逃避したくなり、47歳で始めた クラシックバレエには行きましたけどね。
運動神経少なすぎて いまだに バレエシューズで右往左往、
なのに年明けに発表会出ちゃいます。
母ちゃんは、いつまでも 息子と娘の支えでいたい‼️

Re:お久しぶりです

マリアさま

ご無沙汰しています!返信遅くなって本当にすみません(@_@;)

生活に馴染んだ機器が壊れると本当に不便ですよね。。うちのPCもそろそろ危険です。電源入れる度に祈るような気持ちで見守っています。。

ご子息、発作落ち着かれましたでしょうか。
母の自分を責めてしまう気持ち、みんな同じなのかもしれませんね。
それでも、最後の『母ちゃんは、いつまでも 息子と娘の支えでいたい‼️』というお言葉に、なんだか胸が熱くなりました。そうですよね、母ちゃんはいつまでも子供の健康と幸せを何よりも祈ってるんです。病気を治してあげることは出来なくても、誰よりも子供のことを想ってる。きっと、それが母のすべき一番大切なことなんだと思います。

いつもありがとうございます。お互い、疲れの出ないよう何とかやっていきましょうね。
発表会、ベストを尽くせますように♡

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プロフィール

HN:
momomama
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女性
職業:
会社員
趣味:
料理・読書・昼寝
自己紹介:
愛娘“ももぞう”は、2013年10月生まれ。生後5カ月でウエスト症候群(点頭てんかん)を発症し、現在も闘病しています。

♡好きな言葉♡
高い壁を乗り越えたとき、その壁はあなたを守る砦となる。

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